原作ファンと語る『山河令』 

【過去篇】 


ヘッダー画像

注意

※対話内容は『山河令』原作小説『天涯客』及びそのスピンオフ元の小説『七爺』のネタバレを含みます。

  • 『七爺』未読の方のための事前知識(ざっくりネタバレ)

  • 『七爺』有志和訳(更新中)



  • ※対話内容にはファンによる考察も含まれます。正確性は必ずしも保証されませんのでご注意下さい。

    ※原作の内容上、温客行の過去についての討論には流血・暴力的表現が含まれます。苦手な方は飛ばして読まれることをお勧めします。


    目次
    温客行の過去
    周子舒の過去


    温客行

    Anlan
    温客行は童年を鬼谷で過ごしていましたよね。 ドラマでは詳しくは描かれていませんでしたが……

    Adeline
    そう。実際どれだけ悲惨なものだったかっていうのはハッキリと撮られていないし、下手に撮ることはできない。 でも分かる人には分かるように『山河令』では撮られてたよ。

    Anlan
    というと?

    Adeline
    温客行が老谷主の位を簒奪した場面、何か違和感は無かった?

    Anlan
    白い内衣しか身に着けてなかった、とか?

    Adeline
    そう。ここは分からなければ違和感で終わると思う。
    老温は老谷主の陰間だったってこと。 ドラマでは白い衣を使って表現されてた。

    『天涯客』でも明記はされてないけれど暗示はあるよ。 気を付けていないと読み飛ばしてしまうけれどね。

    (※下に和訳あり)
    老谷主似乎颇为赏识他,怎么个赏识法呢?老孟也说不清,这些年来,没人敢说,反正调了他做阎王殿的近侍,心情好了,偶尔还会指点他功夫。——『天涯客』第七十四章
    老谷主は彼をなかなか気に入っているようだった。どれくらい気に入っているのか?それは老孟にもはっきりとは言えない。この何年もの間、誰も口にする勇気などなかった。ただ言えるのは、彼を閻王殿の近侍にしてから老谷主の機嫌は良くなり、偶に彼の訓練にも付き合ってやっているということだ。

    Adeline
    どこにそんな良い話があると思う? こんな良い待遇には代償が付き物でしょ。
    『山河令』で老谷主自身は力を高める方法に何を使っていたかというと、童貞を捨てていない子供。
    老温はその道具にされたってわけ。

    Anlan
    阿湘がそれに使われそうになったところを老温が救って引き取ったんでしたっけ。

    Adeline
    そう。 親の仇討ちだけならまだしも、阿湘も守らなくちゃいけないから、涙を呑む思いで耐えていたんだと思うよ。 老温は8歳の時に鬼谷に入ったから……

    Anlan
    12年間……。

    Adeline
    そう、20歳で簒位するまでの12年間になるね。その間はずっと我慢し続けてたってこと。
    (老谷主の)皮を生きたままひん剥くなんてよっぽどの恨みだよ。

    阎王殿里火光冲天,撕心裂肺的惨叫声仿佛绕梁三日都不散去。——『天涯客』第七十四章
    閻王殿からは天を衝く炎が上がり、肺が張り裂けるような凄惨な叫び声が、三日経てども耳に残るほど響き渡った。

    阎王殿里的血好像将整个大殿都涂抹了一遍,老谷主的哀嚎了足足有两个多时辰,有人说是温客行将老谷主割成一小块一小块的,一遍割还一边止血,然后逼着他吃下去,也有人说他是在活剥人皮,剥下来一整张.人还是活的。——『天涯客』第七十四章
    閻王殿はどこもかしこも血に塗れ、老谷主の叫び声は二時間ほど続いた。温客行は老谷主の肉を切り刻み、止血しながら食べさせたのだ、と言う者もいれば、生きたまま皮を剥ぎ取ったのだと言う者もいた。

    Adeline
    これがその後の老温の行動に繋がってくる。 ずっとそういう環境下で育ってきたから、性的関心が同性にしか向かなかった。

    注)『天涯客』で温客行は男娼のところばかりを遊び歩いていた。

    老温が受にはなれないのもこれのせい(トラウマがあるから)。

    注)研究によると、小さい頃に性的暴力を受け続けた男子は心に闇を抱えることが多く、その後は攻側として回復するケースが多い。
    また、女性に対しては性的関心を持たなくなりがちである。

    Anlan
    冗談のように流されている文にも影が落ちていますね。 老温の振る舞いと同じように……。

    Adeline
    そうだね。老温は明るくて温厚な貴公子のように振る舞っているけれど、その心の中には大きな影があった。
    表面上の姿は彼の理想像、渇望する姿なんだと思うよ。

    Anlan
    「温大善人」ですね。 

    Adeline
    ドラマだと、2人を師兄弟にしたことで悲惨さが弱くなった。他にも喜喪鬼が世話をしてくれていたしね。
    このあたりの設定を見るに、小初(『山河令』脚本担当)は温客行の悲惨な過去に胸を痛めて救いを用意したのかもしれない。

    Anlan
    『天涯客』では鬼谷に入る時も父親の肉を食べていましたよね。

    “我呀,就在他们众目睽睽之下,走了上去,趴在地上,一口一口地咬着我爹的尸体,很不好咬,要撕扯半天才行,然后将他的血肉吞进了肚子里……也算,给我自己留一点念想,我本来不就是他的骨血么?他们看着我,慢慢地就不笑了,最后被我咬了的那个男人做主,说我天生就是个小鬼,不应该留在人间,便将我带回了鬼谷。”——『天涯客』第七十七章
    「私は鬼達の視線を浴びながら2人の死体に近づいて、地面に這いつくばり父上の死体に噛み付いたんだ。噛み切るのはとても難しかったよ……そうして彼の血肉を腹に収めた。彼らのものを残しておきたかった、というのもある。自分も元々彼の血肉じゃないか。鬼達はそんな私を見て段々と笑いを収めた。口火を切ったのは、私に最初に近付いてきた男だった。生まれつきの鬼だ、人間界に残しておかない方が良いと言って、私を鬼谷に連れて帰ったんだ」

    Adeline
    そう、生き抜く為にとても過酷な目に遭っている。だから周子舒は彼にとって本当に光だったんだよ。

    温客行は周子舒の外は厳しいけれど内は優しい性格を見抜いていたから、周子舒に付き纏ったってこと。 周子舒は、彼に安心感を与えてくれる、頼れる存在だった。

    周子舒

    Anlan
    周子舒は四季山荘で育ちましたよね。

    Adeline
    そう、四季山荘で出てくるのは墨家のものだよ。 これは『七爺』で描かれていて、『山河令』でもそうやって映されてた。

    ただ中国や日本では孔子の儒学が主流だから、あまり知られていないかも。
    当時はとても沢山の弟子がいる大きな流派だったんだけどね。

    注)諸子百家の時代、人々の思想に大きな影響を与えたのは儒・墨・道・法の四家。

    世之显学,儒、墨也——《韓非子》
    世の顕学は儒、墨なり

    天下之学不归于杨,则归于墨——《孟子》
    天下の学で楊に帰さざるものは則ち墨に帰す

    Adeline
    簡単に説明すると、己を犠牲にしてでも国や民の為に行動してきた流派。
    『山河令』で周子舒が成嶺に「侠之大者」って言ってたでしょ?

    Anlan
    「侠之大者,為国為民(義侠は国の為、民の為にあれ)」?

    Adeline
    そうそう。あれは典型的な墨家の思想。
    万人を愛し、助けることをとても重んじていたから、西洋の心理学に通じるところもあるよね。

    注)墨家の理念は兼愛(博愛)・非攻(侵略反対)・利害(助け合い)。

    他にも墨家は機械に関する技術も優れていて、暗器なども得意としてた。 周子舒も沢山持ってたでしょ?

    Anlan
    はい。 他にも機械と言うと龍雀の龍淵閣を思い出しますね。
    四季山荘の秦懐章と関わりがあったのも頷けます。

    Adeline
    そう、墨家の弟子達ってところかな。
    墨家の理念は他のpriest作品にも現れていて、これなんかは正にそう。

    倘若天下安乐,我等愿渔樵耕读、江湖浪迹。倘若盛世将倾,深渊在侧,我辈当万死以赴。——『殺破狼』第六十三章
    若し天下が太平ならば、私達は晴耕雨読し世をさすらおう。若し繁栄の世が傾けば、危険や苦しみを伴に私達は万死を覚悟で赴こう。

    Anlan
    『殺破狼』の臨淵閣の宗旨ですね。

    Adeline
    国や民の為にっていう理念が体現されてるでしょ? 因みに『殺破狼』では……(中略)……

    墨家には自らの意思で良い君主を選ぶ、という考え方もあって、景七(景北淵、七爺のこと)や周子舒が晋王(赫連翊)の位に着くのを手伝ったのもその考え方に基づいている。 ここに関してはドラマの改編は良くなかったと思うな……

    Anlan
    『山河令』の周子舒はよく分からないうちに赫連翊に利用されて着いていった設定でしたもんね。

    Adeline
    そう。 『七爺』での周子舒は民の為に良いと思って自ら赫連翊を選んだ訳であって、従兄弟であるからなどとは何も関係が無かった。
    自らの手を汚してでも、民の為にと思って手伝ったってこと。

    Anlan
    天窗も墨家の理念に基づく組織だったということですか。

    Adeline
    そういうこと。 この理念があるから、景七は第七世でも結局は国の為に赫連翊が位に着くのを手伝ったし、周子舒も天窗でちゃんと責務を果たしてから離れた。

    Anlan
    ドラマのエンディング曲《天涯客》にはそのような描写がありましたね。

    天苍苍 事了功成 渡寒江 ——《天涯客》
    空は灰色に包まれ 務めを果たし 冷たい河を渡る(TMTSSより引用)

    Adeline
    「功成身退(功を成して身を退く)」ね。 これは墨者の処世道そのものだと思うよ。

    でも何故戦国時代を過ぎると墨者は消えてしまって、儒家達が台頭したと思う?

    Anlan
    (兼愛を主張する墨家の思想よりも、上下関係を重んじる儒学などの方が)統治階級にとって都合が良いから?

    Adeline
    その通り。 上下関係を尊ぶ儒学が思想に深く根を下ろせば平民の管理が楽だからね。

    注)他にも秦の統一戦争の中で弱国を助けようとして滅びていった、等の理由があります。

    Anlan
    ではもし『天涯客』の後に他国が滅びることがあれば、景七や周子舒達のような考えも無くなっていったのかもしれないですね……。

    Adeline
    そうかもしれない。 「統治者を選ぶ」という民主主義の雛形とも言える思想は、世襲制の王朝にとって非常にまずいものでもあるしね。

    予告

    Adeline
    因みに何故温客行は周子舒と結ばれてちゃんと救われたのか分かる?

    Anlan
    周子舒が安心感を与えられるような存在だったから?

    Adeline
    うん。 それもあるし、他には……

    次回は引き続き
    ・挫折と成長
    ・愛の功罪
    ・景七の過去

    などについて語っていきたいと思います!

    ここまで読んで下さりありがとうございました(^^)

    過去〜現在篇に続く……


    編集、訳注:Anlan谙览,協力:Adeline
    筆者Twitter